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浦和地方裁判所 昭和34年(ヲ)28号 決定

申立人 昭和圧延工業株式会社

主文

本件異議申立を却下する。

理由

本件異議申立の要旨は、債権者落合寅之助債務者東洋特殊製鋼株式会社間当庁昭和二六年(ケ)第二三号同昭和二七年(ケ)第四一号不動産競売事件について、当裁判所が昭和三四年二月二一日にした、右債務者の承継人である申立人に対し、その占有中の競落不動産を競落人落合寅之助に引渡すべき旨の命令は、次の理由により違法であるから取消の裁判を求めると言うのである。すなわち、

(一)  申立人は本件競売手続開始決定前すなわち差押の効力発生前既に前記債務者から本件不動産を賃借し爾来これを占有するものであるから、かかる申立人に対し引渡命令を発することはできない。

(二)  競落人が競売法第三二条民事訴訟法第六八七条により引渡命令を求めることができるのは、債務者に対してのみであつて、競落不動産を占有する第三者に対しては、たとえその占有が競売開始決定による差押の効力発生後であつても、訴をもつてその引渡を求めるほかなく、引渡命令によることはできないものである。

(三)  競落人落合は本件競落代金支払期日である昭和三三年八月二八日午前十時までに競落代金の全額を支払つていないから、民事訴訟法第六八七条による本件競落不動産の引渡を求める権利はないものである。もつとも本件競落代金一五、八一六、一〇〇円については昭和三三年一二月二五日金四、二五九、七〇〇円を減額する旨の決定あり、競落人は右減額した金額を昭和三四年一月九日に支払つているが、右減額決定には次のような違法がある。すなわち(イ)競落人は代金支払期限内に競落代金を支払つていないから、競落許可決定は効力を失い、競落人は爾後単に曾て競落人であつたという資格に基き競売法第三二条民事訴訟法第六八八条四項により再競売期日の三日前までに代金を支払つて再競売手続を取消させる権利を有するに過ぎず、代金減額請求をする権利はない。(ロ)執行裁判所は競落人の代金減額の請求に基いて競落許可決定を変更又は取消す権限を有しない。その諾否を与うる権限を有する者は債務者とその売得金の配当を受ける地位にある債権者である。ところが、本件減額は単に債務者の承認を得たのみである。(ハ)競落人は当初から数量不足の事実を知つていたのであるから、代金減額請求は民法第五六八条第五六四条により競落許可決定の日から一年内たる昭和三三年八月二四日までに行使しなければならない。当初善意であつたとしても、昭和三二年九月六日不動産管理命令の発せられた際、同月一〇日現場に立会つて数量不足の事実を知つたのであるから、少くともその後一年内たる昭和三三年九月一〇日までに減額請求をしなければならない。しかるに競落人はその期間経過後たる同月一五日に請求している。(二)代金減額決定をするには専門家の鑑定を必要とするに拘らず、本件は単に執行吏の数字の報告を基礎としているに過ぎない。以上いずれの点から見ても本件減額決定は効力なく、競落人は本件競落代金の全額を支払つたことにならないものである。

よつて按ずるに、本件記録によると、次の事実を認めることができる。債権者不二越鋼材工業株式会社は債務者東洋特殊製鋼株式会社(当時東洋金属興業株式会社と称したが、商号を昭和二七年三月一八日東洋金属鋼材株式会社、昭和二八年二月二五日東洋特殊鋼株式会社、同年六月一八日昭和製鋼株式会社、その後更に東洋特殊製鋼株式会社と変更した)に対して有する金三〇〇万円の債権の弁済を受けるため、本件不動産(建物及び機械器具類)に対する抵当権の実行として、当裁判所に競売の申立をなし、当裁判所は当庁昭和二六年(ケ)第二三号建物並びに機械器具競売事件として昭和二六年八月一七日競売手続開始決定をなし、同月二五日競売申立の登記がなされ、また同月二一日右決定は債務者(抵当不動産の所有者)に送達された。また債権者株式会社日本勧業銀行は債務者(当時東洋金属鋼材株式会社と称した)に対して有する金一、八一四、〇〇〇円の債権の弁済を受けるため、右不動産に対する抵当権(昭和二五年一二月二日設定登記)の実行として、当裁判所に競売の申立をなし、当裁判所は当庁昭和二七年(ケ)第四一号不動産競売事件として受理した。しかして落合寅之助は、昭和三一年一一月一三日前記不二越鋼材工業株式会社の債権及び抵当権を譲受け、同月二九日その附記登記を経由昭和三二年四月二五日本件競売手続受継の申立をなし、更に同年三月一三日中小企業金融公庫から同債務者に対する貸金債権一一八万円及びこれに附随する債権金三八七、二七四円並びに立替金債権三二、七二六円をその抵当権とともに譲受け、昭和三〇年七月一六日その登記を経由し、いずれも右債権者の地位を承継した。右競売手続において、落合寅之助は本件不動産を代金一五、八一六、一〇〇円にて競落し、同年八月二四日競落許可決定を受け、同年九月六日不動産管理命令が発せられ、昭和三三年八月一九日に同月二八日午前十時までに相殺残代金六、五七九、四〇三円を支払うべき旨の命令を受けたが、これより先同年七月二一日執行吏小貫宝作の本件物件に対する点検の結果、機械器具類中滅失又は毀損したものある事実を知り同年八月二七日競売物件不足の上申書を提出し、更に同年九月一五日競落代金減額の請求をなし、債務者においても同年一二月一〇日右代金減額を承認する旨の承認書を提出した。そこで当裁判所は執行吏小貫宝作の同年一二月二日及び同月二二日の二回に亘る点検の結果並びに同執行吏及び債務者会社代表取締役石原三郎、申立人会社取締役大島秀一、申立人会社工場長飯田真康を審訊の結果、競落物件中滅失毀損の判明したものについて、執行吏小貫宝作に評価鑑定を命じ、同人の鑑定並びに債務者の減額承認額を斟酌して、同月二五日競落代金中金四、二五九、七〇〇円を減額する旨の決定をした。競落人落合は右決定に基いて昭和三四年一月九日競落代金残全額を支払つた。ところが本件競売手続進行中、債務者は本件家屋から任意に退去し、申立人が右不動産について差押の効力を生じた後において、これを債務者から賃借し使用しているものである。

(一)  申立人は本件競売手続開始決定前から本件不動産を債務者から賃借占有する旨主張するけれども何等の疎明なく、本件記録によるも右事実を認め難く、この点の申立人の主張は採用できない。

(二)  そもそも抵当権の実行による建物の競売では、競落代金支払後は所有者等(競落人に対抗できる賃借人を除く)はその建物から退去しなければならないことは明白である。その場合競落人は右建物の所有者に対して訴によつて明渡を求める必要はなく、競売法第三二条民事訴訟法第六八七条によつて競売裁判所に債務者に対する引渡命令を請求してこれが引渡を求めることができることも疑を容れない。もつとも同条第三項には債務者とあるもこれは通常の場合について立言したものと解すべく、債務者以外の第三者を除外する趣旨に解すべきではない。従つて、建物について競売開始決定がなされ、その旨の登記手続を経て、差押の効力が生じた後、競売手続の進行中に、右建物の占有を初めた第三者は、競落人に対抗できる権原に基いて占有を初めた者でないから、所有者の占有を承継したものとして、所有者と同様に、これに対し引渡命令を請求できるものと解するのが相当である。この第三者はその建物を占有するに際して債務者の意思に基いている場合と債務者の意思に基いていない場合とで別に解すべき理由はない。本件では前記認定のように、申立人は本件競売不動産の所有権を取得した競落人落合寅之助に対し、対抗できる何等正当の権原がないのに、差押の効力発生後本件家屋を占有するに至つたものであるから、競落人落合は申立人に対し該不動産の引渡命令を求めることができることは明かである。

(三)(イ)  競落許可決定は、再競売の命令あるまでは効力を失わない。このことは再競売の命令があつた場合でも競落人が再競売の三日前までに買入代金及びそれまでに再競売手続に要した費用を支払つたときは再競売手続を取消し、前の競落を復活させる(民事訴訟法第六八八条四項)ことからみても明かである。従つて競落人が代金支払期日に競落代金を支払わなかつたとしても再競売を命ずる前にその支払を完了したときは、それによつて競売不動産の所有権を確定的に取得するものである。従つて代金支払期日までに競落人が競落代金を支払つていないから、本件競落不動産の引渡を求めることができないとの申立人の主張は理由がない。

(ロ)  競売の目的たる不動産に、欠缺のあつた場合は、競落人は事情により契約(競落)の解除或は代金の減額を主張できる。(民法第五六八条第一項)。この解除或は代金減額の結果代金の返還を請求する場合は、売主たる地位に立つ債務者に対して請求すべきであり、債務者が無資力で返還できないときは、競落人は代金から配当を受けた債権者に対し、競落人の損失において利得したという点から、その返還を請求できる(同条二項)。しかし競落人が代金支払前に代金の減額を請求する場合は競売手続進行中になされる行為であるから競売裁判所に対しなすべく、裁判所は審査のうえ減額を相当と認めれば減額の決定をなすを相当とする。これ競落許可は債権者及び債務者の承諾の有無にかかわりなく裁判所がその要件を審査した上でする裁判に基ずくものであり、代金の減額は右競落許可決定の内容を変更するものであるからである。しかして本件の場合前記認定のような手続を経て減額の決定をしたものであるから申立人のこの点に関する主張は採用できない。異議理由(三)(ハ)は前記認定のとおり競落人において決定の期間内に減額の請求をしており、(三)(ニ)は執行吏の鑑定のみで足りるか否かは裁判所の裁量に属することであるから、いずれも申立人の主張は理由がない。

以上説示に照し申立人に対する本件引渡命令は何等違法でないこと明かであるからこれを取消すべきでない。

よつて本件異議は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判官 西幹殷一)

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